【オンラインレッスンコラム:全般】練習と音楽を楽しむバランス

今回は、世界を舞台に活躍するドラマー 大村亘先生が、自由に綴って下さったシリーズの第一弾です☺️
なかなか自分の理想に近づけないもどかしさ、楽器や歌を習ったことのある人ならきっと誰しもが感じる気持ちなのではないでしょうか。音楽に関わる上でとても大切なテーマなのではないかと思います。

それでは、お楽しみ下さい♬♬

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【練習と音楽を楽しむバランス】

楽器を学んでいると、その楽器そのものを操る為に様々な練習をこなさなければいけないという事に気付かせられる。

自分が学生時代だった頃は毎日練習室に居残って、何時間も様々なメニューをこなすまで帰らなかった。練習というのは不思議なもので、やればやるほど比例して右肩あがりに自分のアビリティーが上がっていくものではない。初心者の場合は何もかもが新鮮なので知識と技術の吸収が速く感じる時期もある事だろう。しかし、何年も続けていると練習していても一向に『上手く』ならない現象に悩む方々も少なくないと思う。そして、技術的に上手くなっていってるとしても、それが『音楽』へどの様に貢献出来ているのかというところは見えづらかったりする。

自分が一番練習していた学生時代、よくジャムセッションに出向いたものだ。そこで一番緊張した事は、『知らない曲』をコールされた時。打ち合わせや、リハーサルは皆無なのでそんな中、『曲のイントロは出して欲しい』とすっと言われた時には何が正解なのかがわからない。曲を知らないわけだから。その週何十時間も練習した時間が泡銭の様に消えていく様な感覚はなんとも言えない心の鈍痛に変わる。そこで自分の練習の動機を再考察してみた。『楽器が上手くなりたい』のか、『音楽を奏でたい』のか。

当たり前の様でこの二つの間には大きな距離がある事に気付くわけである。そして、後者が前者の道標である事も。

音楽は聴く側の主観も客観も飛ばし、感覚そのものに訴えてくる。鼻唄はみんな歌えるが、歌えるためにはその音符を知る必要はない。ただ、耳で聴いて、心地良ければ口ずさみ覚えてしまうのである。覚えてしまえば、自然に楽器でそれに合う音を探していけば良い。とても単純なのだが、実は音楽教育でこのプロセスが逆行している事も多いのである。なので、音符や理論という表面的な情報に振り回されいつの間にか音を楽しむという音楽の初期衝動を忘れてしまい、楽器力向上の登り坂に疲れてしまう人もいるのだろう。楽器力向上の道のりを山登りに例えるなら、途中座って周りに広がる景色を楽しんでも良いのだと感じて欲しい。登ってきた道と周りに広がる景色、そして息ついて吸い込む空気そのもが音楽そのものだと思えるはずなので。そうしたら、もう少し登ってみよう、と気持ちもリセットされるのではないだろうか。


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(第二弾へ続く!!)

大村亘先生のレッスンはこちら↓↓
https://routejazz.com/teacher/omura/


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